学長ブログ
5月の学長ブログ
開校以来15年目を迎え、延べ1300人以上の修了生を送り出した「もりや市民大学」は、来月6月6日、中央公民館(もりりん中央)にて2026年度開講式を迎えます。開講式には松丸守谷市長にもご出席いただき、最新の市政についてご説明いただけることになりました。
さて、今回の受講申し込みは5月8日に締め切りましたが、受講希望者が多く、募集案に記載してある通り「申込者多数の場合、新規申込者を優先の上、抽選にて受講者を決定します。」が適用されます。受講経験者の方々には抽選に回っていただきますので、或いはご希望に沿えず、申し訳ないこともあろうかと思いますが、教室のサイズ、椅子や机の数による制約なので、ご容赦ください。
「守谷を知るコース」ではオンライン受講を併設します。こちらには人数制限を設けません。抽選で漏れた方はオンライン受講に切り替えてはいかがでしょうか。もりや市民大学は、コロナ禍の中でいち早くオンライン受講(Zoom利用)を開設しました。私自身は、大学や研究所の現役を引退しているので、それまでZoom利用の経験はありませんでした。幸い、運営委員の中にシステム関係に詳しい上西義行氏がおられ、運営委員全体にZoom利用を指導してくださいました。そのおかげで、いろいろな場面でZoom利用ができるようになり、大いに助けられました。この上西運営委員は本年度の「もりやいきいきコース」でも講師として登場します。
ところで、デジタル社会へと急激に変化する現代社会、高齢者が置き去りになっている、という声は巷にあふれていると思いますが、スマホを使いこなせない世代にとっては辛いことです。高齢者がスマホを上手に使いこなせば、より大きな便益を得られるかと推測しますが、広く見渡しても、どちらかと言うとついていけないで戸惑っている高齢者の方がはるかに多いと感じています。この急激な変化に生きる高齢者、「自然体で生きる」という知恵をどこで働かせるべきか、悩ましいですね。
4月の学長ブログ
「不条理」という言葉を思い出しました。アルジェリアで生まれノーベル文学賞を受賞し、交通事故で亡くなったフランスの小説家カミュが生み出した言葉の日本語訳です。AIによると「不条理」とは物事の筋道や道理が通らないこと、不合理である状態を指すそうです。その具体例は、善人が不遇な目に遭い悪人が繁栄する状況、努力が全く報われず理屈が通じない状況、絶対的に正しい解決策が存在しないジレンマ、などです。はてな、この具体例はどこかで見たことがある、と言うより、今ニュースを見ていると、このような具他例で満ちているように見えます。
私は文学とは疎遠で、これまでカミュの「不条理」なる説についてほとんど興味を持たなかったのですが、ここへ来て世界が「不条理」に満ちていることに衝撃を受けています。なぜって、ロシアとウクライナ、イスラエルとガザ地区、アメリカとイラン、などでは誰が善人で誰が悪人でしょうか。善人が不遇で悪人が繁栄していないでしょうか?「理屈が通じない状況」はトランプ大統領が次々と生み出しています。ホルムズ海峡は「正しい解決策が存在しないジレンマ」の代表例のような有様です。
私たちは「不条理」の世界に生きているようです。でも、カミュのように「不条理」を「不条理」のまま受け入れる、答えや解決を求めない、という生き方にはついていけません。何とか解決してほしいと願う気持ちを捨てることはできません。現在の世界を覆う「不条理」には犠牲者が多すぎます。このまま受け入れろと言われて「はいそうですか」ということはできません。しかし、「解決策が存在しないジレンマ」から逃れるのも難しいようです。
こんな時、一瞬ホッとするのは、新聞などで見る風刺漫画や川柳などです。最近はトランプ大統領と高市首相に関する風刺、川柳がほとんどです。不条理をイラストに描いたり川柳で表現すると、そうそう、とか、あるある、などの感想を持ちます。解決できない「不条理」に覆われていても、ニヤリとする一瞬があることは一つの救いになっていると思いますが、いかがでしょうか?
3月の学長ブログ
昨日(3/14)「守谷を知るコース」の令和7年度修了式がありました。このコースは人気があるので、毎年定員35人を大きく上回る受講希望者が出ます。私はこの修了式の冒頭挨拶で「守谷を知るコースと市民大学運営委員会との間にはある種の緊張関係があります」と述べました。「えっ、何?緊張関係?」という不可解顔が一斉にこちらを向いて来るのが分かりました。
そうなのです。毎年の「守谷を知るコース」設計では、前年と全く同じプログラムでは飽きてしまう、新しくて魅力的なプログラムを組みたい、と運営委員一同が努力しています。このコースは新しく守谷住民になった方々や若い世代に守谷の良さをアピールしたい、という狙いもあり、幅広い受講希望者を期待しています。ところが、新しくて魅力的なプログラムを組むと、昨年とは違う新鮮さを認めて頂けるので、再度受講希望される方も多くおられます。私たちはこういうコアな受講希望者を「リピーター」と呼んでいます。教室で「リピーター」の方々の顔を見るとなんだか嬉しくなるのも事実です。
問題は、受講希望者が定員を大きく超えた場合、どのようにして受講者を決定すればよいか、です。新しい受講生を優先することが大事なのか、希望者全員の機会均等が大事なのか、ここに葛藤が生まれます。新しい受講者を優先すると、リピーターのどこが悪いのかといったお叱り、ご不満が出ても当然です。逆に、機会均等を優先すると、せっかくの新規受講希望者と市民大学との繋がりの機会を失います。
昨日の「守谷を知るコース」修了式では、通し番号が記載された修了証書を授与しました。その通し番号を見ると1200番代の数字になっていました。つまり、すでに述べ1200人以上の修了生を生み出しているのです。出席率が70%未満の方々には修了証書が出ませんので、受講者総数は1200より1~2割多いと思います。こうした受講生の期待に応えつつ4月1日から令和8年度の募集が始まります。「守谷を知るコース」と運営委員会との間の緊張関係は、これからも続く見通しです。
2月の学長ブログ
6年ほど前、生まれた孫の名前をどうするか、という話題になりました。息子夫婦は、生まれた子が女の子なので「翆(すい)」という名にしようと思う、と伝えてきました。あまりなじみが無い名前なので、せめて「翆(みどり)」ではどうか、と小声で意見を述べましたが、即時却下されました。ところが、昨年の新生女児の名前人気No.1は「翆(すい)」だと言うではありませんか。驚きました。人の名前には親の願いが反映されていますから、この名前にも願いがこめられているのでしょう。
先日、近場の神社参りをしたら、沢山の絵馬がボードにぶら下がっていました。時節柄、入試の願いが多く、「希望高に合格できますように」「現役合格」「家族の健康」などがひしめいていました。人の願いが集まっている光景は何となくほっこりします。では、AIに「あなたの願いは何ですか?」と聞いたらどんな返事が返ってくるでしょう。「あなたの願いを助けることです」と出るか「人類を超えることです」と出るか、どちらの答えが出てくるか。試したことはありませんが。
もりや市民大学の願いは、教室で学びを楽しみ、学びの喜びを分かち合うことです。運営委員の願いは、令和8年度も多くの受講生が集まることです。話は戻りますが、私はそろそろ「ひらかず」という名前の新生児が多く現れないかな、と期待しています。漢字では「平和」と書きます。人々の共通の願いだと思います。
2月は28日しかありません。短い月なのでブログも短めです。
1月の学長ブログ
新年明けましておめでとうございます。今年が良い年であることを願っています。初詣の神社では多くの人が祈りをささげていました。「今年一年、家族が健康で幸せに過ごせるように」との願いが最も多いのでしょう。こんな当たり前の願いが到底かないそうもない国や地域が世界中に存在しています。平凡な願いが叶わない生活を強いられている人々のことを思うと心が痛みます。
正月早々物騒なニュースが複数飛び込んできました。トランプ米大統領がベネズエラで軍事作戦、マデゥロ大統領拘束。殺人事件、詐欺事件、交通事故、山火事、国会解散(?)・・・。重大事項が目白押しで、スマートニュースも新聞解説記事も追いつくのが大変なようです。国民の側も今日のニュースが昨日のニュースに覆いかぶさり、個々の出来事を消化できないままに忘れ去っていきます。
特に心配なのは、何が真実か、が分からないままに本当の情報と偽情報とが入り乱れていることです。ミネソタ州での銃撃事件について米国副大統領は「移民税関捜査局の職員が正当防衛のため発砲した」と発表しましたが、現地動画では殺された女性が職員に攻撃している様子は見られません。真実と「公式発表」との食い違いに不快感が増幅します。世界中や日本国内でも多くの重大事件が発生し、そのファクトチェックは不十分です。
新聞、ラジオ、スマホやパソコンへのニュース配信、SNSなど情報源は沢山ありますが、何が真実かを知ることは非常に難しくなっていると思います。情報過多は認知機能、精神的影響、身体的影響にも及び脳が疲労すると言われていますが、多くの人の脳に疲労が蓄積すれば社会問題になります。もりや市民大学のプログラムは、脳を疲れさすというよりは逆に脳を休ませる効果が大きいような気がします。知らないことを教え込まれるというよりは、知っていたがその大切さを理解していなかった、という意味での「気づき」をもたらしてくれる講義が多いからです。今年もこの路線を貫く覚悟です。