9月の学長ブログ

 ファラデーという19世紀の科学者がいました。電磁気学の父、と呼ばれたイギリス人です。「ローソクの科学」(1861年)という本の著者としても有名です。かつて私もこの本を買ったのですが、どうにも興味が持てなくて読まないままどこかへ消えてしまいました。ところが、最近ふと手にした別の書籍で久しぶりにファラデーの名前を目にし、「そんなことを言う人だったのか」と突然好きになりました。

 

 その書籍によると、ファラデーはあるご婦人から「そんなことが一体何の役に立つのですか?」と質問されたそうです。この質問は、大学や研究所で専門的な研究や基礎的な研究を行っている人には常に投げかけられます。「何の研究をしていらっしゃるのですか?」という質問でも、研究の内容を説明するよりそれが何の役に立つかを説明する方が喜ばれるのが普通です。残念なことに、私自身も含めて研究者はこの種の質問に上手に答えられず、何か分かりにくい言葉でもやもやした返事をすることが多いのです。

 

 ところが、かのファラデーさんの返事はこうでした。「貴女は生まれたての赤ん坊が将来どういう役に立つのか答えられますか?」。なんとまあスマートな返事でしょう。そうなのです。生まれたての知識、新しい知識は、それが何の役に立つか、すぐには分からないのが当たり前なのです。そこをズバリと言い当てたファラデーさん、さすがです。

 

 そしてさらに加えたエピソードです。ファラデーさんが生きていた時代にクリミア戦争(1853~1856年)が勃発しました。ロシア帝国と西側連合国との領土争いです。ここでは連合国が勝利し、ロシア帝国が破れました。そのクリミア戦争でファラデーは連合国側のイギリス政府から化学兵器の作成を依頼されました。その時ファラデーは「作ることは簡単だ。でも絶対に手を貸さない!」と断ったそうです。そう、戦争に手を貸さない、と断言したファラデーさん、この点でも私はますます好きになりました。以上のエピソードを教えてくれた著書「学ぶとは」(ミシマ社、伊原康隆、藤原辰史著、2025年)にも感謝です。